潜在意識 認識 

おいなりさんのココロのセラピー

ココロがホロホロほどけていく。ココロのセラピーは、セラピストおいなりさんが送る心理療法のブログです。

アニメオタクとそうでない人の「心理的」な境界線の引き方

オタクかそうでないかの話は、どちら側の人間でも、盛り上がります。

同じゾーンの人間同士ならば。

 

例えば、アニメの場合、ジブリとそれ以外。

○○のアニメを知っていたら、あなたはオタクです。というような「知性や興味・関心度」で主に境界線がひかれます。これは、かなり楽な引き方です。

 

今回は、おいなりさんは、アニメオタクとそうでないものの「心理的な境界線」についてどう考えているのか書いていきます。

 

まず、アニメオタクとそうでない人の場合の境界線は、おいなりさん的には「心理的に身近なもの」かそうでないかで分けます。

 

ただ、人というものは、大いにして外見で判断しがちです。

いい例が「アニメの絵を見て、自慰行為ができるか」です。

精神科医ですらこれを例に判断している人がいるそうです。

 

オタクでない、アニメの絵に抵抗がある人は、確実にできません。

緊張してしまい、自分を癒せないからです。

対して、オタクは当然できます。

 

しかし、上記のように単純ではないので、問題があります。

それは、自慰行為を基準にすると、この境界線「上」が太すぎるのです。

 

例えば、「抽象的な表現に対して想像力が豊富にある+アニメの絵で抵抗がない」人の場合、自慰行為ができてしまいます。

この人は、アニメの絵で自慰行為は「可能」ですが、当然、リアル表現でも可能です。

逆にどちらもできない人がいます。

それは、自慰行為自体ができない人です。

「外見」や「行為」を判断基準とすると、必ず例外が出てきてしまいます。

 

 

では、それ以外ではどのように判断するか?

心理的なアプローチとして有効だと私が思っているのは、「エンプティーチェア」を使った方法です。

 

エンプティーチェアというのは、その名の通り、誰も座っていない椅子に誰かが座っていて、その人になりきったり、その人がいるかのようにするための「椅子の使い方」のことです。

 

「あなたが最も好きなアニメ(もしくはそのキャラクター)とあなたの恋人(もしくは親、兄弟、肉親)がこの椅子にそれぞれいると思ってください。あなたとの適切な距離のところに、それぞれ椅子を置いてください。」

 

この時、被験者と椅子が近いほうがその人にとって近しい存在になります。

つまり、椅子の距離でアニメのほうが近かったら、その人はアニメオタク、椅子の距離が遠かったら、アニメオタクでないことになります。

心理的な観点で見た場合ですので、能力やスキルはあんまり関係ないのです。

これが、メンタルの不思議なところなのです。

要するに、メンタル的な境界線は、リアルより身近な存在か否かなのです。

で、「本人」に距離感を表現してもらうように誘導するのです。

そうすると、本人にも気づきがうまれ、自覚するのです。

「私 オタクだったor オタクじゃない」と。

 

ちなみに、男性で仕事がアニメ関連の場合、この質問は結構厳しいものになります。

いわゆる「仕事と私、どちらをとるの?」状態になりかねないからです。

男にとって、それは死刑にも等しい宣告です。

たぶん椅子を同じ距離に保つ男が多いと思います。

男にとって仕事がなくなるのは、命を取られるにも近いことだからです。

 

また、夫婦(もしくは家族のように近しい存在)がどちらもアニメ関連の業種の場合も、同様になるでしょう。心理的なアプローチ以前に、仕事としてやっている人は既にオタクではなく、プロなので、オタクとオタクでない人の心理的な見分け方は、エンプティーチェアで証明できそうです。